Vol.28
yoshie さん
(アーティスト)
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大学卒業後,OLをしながらアナウンサー事務所に所属。デビュー後は、地元名古屋でテレビ、ラジオのナレーター、司会、リポータなど務める。NHK高校生デイベート大会総合司会を始め、各イベント、ブライタル司会は500組以上。マ
ナー、話し方講師、ブライタルプロヂュース講師。1996年、国際結婚しボストンへ渡米。Corcoran Art and design collegeにて陶芸、彫刻を専攻。ワシントンDCの個人ギャラリーでキュリエイターアシスタントとして勤務。1年半前に日本へ引越し。夫と子供二人(5歳と11か月)と犬の4人暮らし。
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| 【ある一日のスケジュール】 |
| 6:00 | 子供のお弁当作り |
| 7:00 | 子供達を起し、朝食、シャワー、お風呂などの身支度 |
| 8:00 | 息子は朝のみスクールバス登校。息子、娘、犬とバス停に向かう。
息子をバスに乗せた後は、山へ散歩。季節感を感じ一日のいい出発。 |
| 9:00 |
娘に食事(離乳食)家事や雑用 |
| 10:30 |
娘は朝のナップ(昼寝)。シッターさんに来てもらう。ジムに出かける。(英語の本読みのボランテイアのある日はこの時間に出かける)
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| 12:00 | 娘と共に、昼食。 |
| 13:00 | ピアノやゴスペルの練習。
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| 13:30 | 息子のお迎え、車で出発。
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| 14:00 | 息子のピアノレッスン送り向かい、付き添い。
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| 16:00 | 息子のテニスレッスン送り迎え(テニス練習中、娘をあやしながら原
稿書き、買い物)
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| 17:30 | 三人揃って帰宅。息子のピアノ練習一緒に。
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| 19:00 | 夕食
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| 20:00 |
娘に授乳、寝かしつける。ベットの上で息子と今日一日の出来事を話す。本の
読み聞かせ。
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| 21:00 | 夕食の後片付け、夫が帰宅。二人でワインを飲みながらほっと一息。
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| 〜23:00 | パソコンに向かい原稿を書く。メールチェック、アメリカの友達とス
カイプでお喋り。今やりかけの陶芸の作品を手直し。
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| 23:30 | 寝る前の読書は至福の時間 |
| 24:00 | おやすみなさい |
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initiatives for a change 自分から変わる。
<クリママ11月の名言> |
お仕事の内容をできるだけ詳しくお願いします。
1年半前日本に夫の仕事関係で日本に戻り、すぐに妊娠、出産。現在仕事
はしておりません。ボランテイアで英語の本を読んだり、時間があるときは作品作りです。
アメリカ人であるだんな様との出会いのきっかけは?
二人の共通の趣味、ジャズを通して。夫はS商事に勤務するエンジニアで
した。
第一子はアメリカで出産されたそうですね?どのようなマタニティライフでしたか?
また、妊娠中の仕事はいつごろまでどのような内容でしたか?
アメリカの妊婦さんは元気です。学生と仕事の両立、それに妊婦生活が加
わりアクテイブな毎日でした。マタニテイーヨガ、アクアビクス、エアロビクス
に通い同じ妊婦仲間の輪を広げました。早く出産した友達が報告メールを送ることになっていて「とにかく、お腹が空くので陣痛がはじまったら食べること」 などのコメントを読みワクワクドキドキ。仕事は週3日ほどに減らし、出産前月まで勤務しました。
妊娠中の心に残るエピソードは?
,「のほほん日記」にも書かせて頂きましたが、息子を妊娠9ヶ月のとき
9.11が起こりました。夫は上海に長期出張中。被害現場のひとつであるペンタゴンから4キロほど離れたところに住んでいたため、生まれて初めて「狙われている」という恐怖を体験しました。大きいお腹をさすりながら「大丈夫。私があなたを守るから」と、あの経験が、母として子を「守る」という逞しさの原点になりました。
妊娠中、まわりの協力を得られましたか?
悪阻がひどく、夫も出張が多かったのですが、そんなときは友達が食事を
持ってきてくれたり、料理をしに来てくれました。日本に来て親元で出産する「里帰り出産」という言葉を聴いて驚きました。夫と私の子供、親に頼るなど考えもしませんでした。悪阻に苦しんだマタニテーライフでしたが、なぜか仕事に出るとピタリと治まりました。緊張感と悪阻、何か関係があるのでしょうね。
出産のときのエピソードは?(アメリカでの分娩はどうでしたか?日本と違いがありますか?)
アメリカと日本で出産の違いはここだけでは書ききれません。保険のシス
テムの違いに基づく医療システムの違い。麻酔主流の出産や帝王切開の多さの違い。私は日本に引越してすぐに二人目を妊娠しましたが、信頼できるドクターになかなか出会えずアメリカに戻って出産する覚悟でアメリカの保険を払い続けていました。(今でも)日本での出産を諦めかけているときに、信頼できるドクターに出会い日本での出産を決めました。やっと出会ったドクターは4人目でした。ある産婦人科のドクターには泣かされた経験も。質問をすると怒鳴られる、不安が募るばかり。アメリカでは無痛分娩が普通ですが、日本ではまだ痛みの中で母になることが美徳とされています。国の違い、出産の違いはまだまだあります。機会があれば是非お伝えできればと思いますが、こんなことも。アメリカでの出産では男の子だとわかっていたので(二人とも帝王切開)足の指のペテキュアをブルーに塗り高揚する気持ちを楽しみまがら出産に望みました。日本での出産は女の子だと言われましたので赤いペテキュアを塗って入院しましたが、即日ナースにふき取られました。アメリカでの出産は女性にとっての一大イベント、日本ではまだ病人扱いなのでしょうか。ただ、同じ帝王切開でもアメリカは入院4日間、車イスで追い出されましたが、日本だとゆっくり10日間。このときばかりは日本で出産してよかったと思いました。
出産後、仕事への影響はどうですか? また仕事の内容は変わりましたか?
出産後も在学中でしたので、産後三ヶ月でベビーシッタさんに来てもらい
週に何日は授業に出ました。出産を機に母となった自分の作品に打ち込みたくなりました。息子の作品も沢山つくりました。彼が始めて履いたブーツを石膏で固め幾つも作り、デザインを加えてクリスマスのショーに出展したり、小さい息子の耳を一晩中見ながら彫刻したりと。ピカソの「ブルーピリオド」「ローズピリオド」がありますが、私の中であの頃はまさに「motherhood」です。
出産後、まわりの協力はどうですか?
今では考えられないほど夫は協力的でした。家事も育児も二人でしまし
た。学校や作品作りの間はベビーシッタさんに来て頂きました。小さい子供を預けるデイケアもありますが、すぐに病気をもらってくる心配があったのでシッターさんが安心です。アメリカでは頻繁にシッターさんにお願いします。所用はもちろん夫婦で出かける夕食や、大人同士のパーテイなどはシッターさんに家に来てもらいます。日本でシッサーさんを探すのは至難の業。「日本では結婚式、お葬式以外はあまり子供を預けたりしません。みんな我慢しています」と言われたことも。日本のママ達も自分の時間がもっとあるといいのではないでしょか。ジムに行ったり、夫婦で出かけたり、友達と映画に行ったり。そんな時間が元気なママの源になり、家族の元気へと繋がります。子供が待っていると思うと「早足、スキップ、信号無視」子供が愛しくて仕方ありません。
ベビーが産まれて、心理的に(考え方など)変わったことはありますか?
自分以上の大切なものの出現に、感動と驚き。自分の中に潜んでいた「母
性」に振り回されっぱなし。夫婦二人単位だった生活が子供の誕生で家ととなり、「家庭」や「家族」という言葉がいきなり輝きを増したりして。今まで海を眺めていて直線にしか見えなかった地平線が、地球を感じまあるく見えてきました。ホライズンの変化。
ママになったあと、どのように感性を磨いていますか?維持していますか?
子供の目線って新鮮です。11け月の娘と一緒にハイハイしてみると、フ
ロアの木目が永遠の砂漠に見えてくる。5歳の息子が大人の絵を描くと、必ず鼻の穴が丸く大きく真っ黒に塗りつぶされている。それは彼はいつも大人を下から見上げているからなのですね。息子が4歳の時、父親と電話で話をしていていきなり受話器を絵に近づけ「Dad, how do you like my drawing?」と得意げに見せている(?)彼を見たとき、そんなとき、私の感性がとろりと溶けて新しく生まれ変わります。子供達と同じものを見て、追いかけてみたい。季節の移り変わり、風の匂いや、道に咲く小さな花の息吹、登る太陽、そんなものすべてを彼らとshare したいのです。それが私の感性維持です。
第二子は日本で出産されたとのこと。どのような変化がありましたか?
日本の主婦、母親のほうがアメリカより大変だと実感しました。夫は日
本で働く「顔だけアメリカ人」ビジネスマンに変身。出張に接待に朝から晩まで多忙な毎日。月一度は海外出張に出かける夫にに育児や家事を頼れません。アメリカのようにシッターさんや子供を預ける施設も少ない上、友達やご近所同士、社会全体で子供をみるという雰囲気が薄いように感じます。日本での家事や育児をやりこなして初めて私は「主婦」となったんだと実感しています。
2人の子供の預け先は?(サイクル、送り迎え方法など)
息子の学校送り迎えは毎日車ですが、同じクラスのママ達と「カープー
ル」をして曜日でお迎えを分担しています。アメリカでは時間を有効に使う手段として大人も通勤にはカープールが浸透していますが、日本では珍しいかもしれませんね。11け月の娘はまだまだ手がかかります。ボランテイアやジム、テニスなどに行く時間はシッタさんにお願いしています。陶芸や作品作りの時間は子供が寝てからのお楽しみです。
今後の予定など、将来のプランなど、なんでもお聞かせください。
20代の頃の私はまさか自分が子供を産むとは。30代の私は仕事から
ら離れる自分を想像もしませんでした。が、ここにきてやっと胸をはってハウスワイフなんだと言えるよになりました。これは私の中でとてつもなく大きく変化したことです。子供と一緒に今を過したい、これは私の選択です。子育てにはやがて終わりがくると思うのです。実際、5歳の息子と私との立ち居地はすでにこの5年で移動してきています。子育ての期間は長い人生の中で実はあっという間なのかもしれません。子供を通し吸収することに溢れ、日々幅広くなる私を感じます。止まらずにどんどん進んでいる自分を感じる以上、何の不安もありません。できれば来年は仕事をし、もう一人子供も欲しいなんて夢を持っています。
クリママとしての名言をひとこと!
initiatives for a change 自分から変わる。 |
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