Vol.26

二宮さゆりさん

(Ophthalmologist眼科医)

Ophthalmologist
(眼科医)二宮さゆり
1965年  兵庫県神戸市 生まれ。大阪大学医学部卒業後、麻酔科医として手術室・ ICU (集中治療室)に勤務。その後、眼科に転科。
1996年、結婚(主人も眼科医)1997年、アメリカの NJ 州に留学。2000年、留学中に長女出産。
2001年、帰国、大学院入学。2003年、次女出産。2005年に自らのクリニックを開設。

6:00 起床、お弁当作り。
7:00 長女・次女を起こして着替えと朝食。
8:20 娘たちを車に乗せて出発。
8:25 まず長女を幼稚園へ送る。
9:00 次女を保育園へ送る。
9:15 銀行で両替。
9:40 郵便局、コンビニで振込み。
10:30 午前の診察開始。
13:30 午前の診察終了、ランチ。
14:15 税理士さんとのアポイントメント、紹介状など書類仕事。
15:30 午後の診察開始。
19:00 午後の診察終了。
19:30 終了業務を済ませクリニックを出る。
20:00 帰宅、夕食(この日はオバアチャンが夕食担当)。
20:30 子供たちとお風呂。
21:30 子供たちと就寝。
 
仕事は大事!
だけどやっぱり子供が一番!

<クリママ4月の名言>

お仕事の内容をできるだけ詳しくお願いします。
開業してからは、地域医療に携わっています。白内障手術などの日帰り手術も手がけていますが、入院施設は持っていないので、入院が必要な疾患・手術患者さんは、地域の中核病院に紹介しています。大学病院や大きな病院勤務の頃より患者さんを身近に感じることができ、アットホームな仕事環境になりました。とはいえ、自分のクリニックを開設してからは、マネージメントの仕事が加わってしまいました。今思えは、医師としての仕事だけしていた勤務医時代は気楽だったなあ!

第一子はアメリカで出産されたそうですね?どのような経緯ですか?
実は日本で常勤の勤務医をしていたころ、何度も流産を繰り返しました、子供を持つことを諦めかけていたころ、教授の計らいでアメリカ留学を勧められました。アメリカでは、基礎研究員として細胞の移植をし、移植した細胞の数を電子顕微鏡で数えたりするのが仕事でした。アメリカでは毎日時間通りに帰宅、陽が長い夏時間帯なら帰宅後の夕方に森林を散歩と、ゆったり時間が流れる生活でした。出産1ヵ月前まで仕事をしていましたが、のんびりペースの生活のお陰で、無事念願の第1子(長女)が生まれました。

妊娠中の心に残るエピソードは?
1)長女のつわりの時、何故かハンバーガーなら食べることが出来きました(いかにも胸焼けしそうですが)。とはいえ、焼いている時のニオイは×!仕方なく、毎朝主人が“外の”BBQグリルでハンバーガーのパティを焼いてくれました。
2)アメリカといっても、モデル体型の人が多いのはNYのようなcityだけ。ちょっと郊外にいくとオシリが山のように揺れ動く人が多くなります。住んでいたNJもそんな体型の人が大半の地域で、たとえ臨月に近くなっても私の体型はアメリカ人から見ればまだまだ普通の標準体型(スキニー、と言われたこともある!!)。陣痛が起こって入院をしに行った病院窓口で必要書類にサインした後、「ところで、患者さんはどこ?」と言われ、「?!目の前にいる私ですけど…」と答えたら、受付の女性事務員さんはおもむろに立ち上がって私を覗き込み、「あなた付き添いの人でしょ?!」と、すごいジェスチャーつきでビックリしていました。

妊娠中、まわりの協力を得られましたか?(仕事&家庭)
日本の勤務医の場合、妊娠して調子が悪くても、自分の交代要員を送ってもらうことは期待出来ないため、「休ませて欲しい」と言えないのが現状です。周りの人も、協力したくてもその余裕は無いというか、みんな手が一杯。女医の妊娠出産をサポートする体制は無いのが現状です。一方アメリカでは気楽な?!研究員でしたので、キリのいいところまで仕事をしたら「今日はつわりもしんどいし、もう帰ろうかな〜」というマイペースな調子でした。つわりの時期には調理のニオイがちょっと辛いかなあ〜という時期もあったのですが、高校生の子供さんの家庭教師をしていた企業の駐在員の奥様からの「おかずのおすそ分け」がありがたかったです。異国にいると日本人同士の繋がりも強く、いろんな助け合いがあって良かったです。

出産のときのエピソードは? アメリカでの分娩はどうでしたか?
向こうは無痛分娩が標準コース。当然私も無痛分娩を選択しました。元々麻酔医だった私としては、痛みの軽減はもちろんのこと、難産によって起こる母子のトラブルのリスクを減らせる無痛分娩を選ぶことに躊躇は全くありませんでした。第二子も日本で無痛分娩にて出産しましたが、普通に出産されたお母さん達が消耗しきっている中で、私だけ元気ハツラツで申し訳ない感じでした。日本でも、「痛みを知らないと母になれない」とかナンセンスなことを言わないで、快適な分娩に関心が高まればいいのにと思います。

出産後、仕事への影響はどうですか? また仕事の内容は変わりましたか?
長女が生後3ヶ月の時に帰国しました。帰国後は子供中心に時間を回せる立場でいれるよう、まずは大学院生という学生の身分を選びました。学生といっても、大学病院内や関連病院の非常勤医師として診療業務も担当します。しかし、非常勤なのである程度融通が利きます。急に仕事に行けなくなったら、自分でなんとか交代してくれる人を探して穴埋めしてもらいます。 子供が生まれるまでは、手がけられる手術の種類を増やすとか、自分のキャリアアップを目指す毎日でしたが、子供が出来てからは、なんとか仕事を続けるのが“目の前の”目標となってしまいました。完全に休職して母として子供とべったり過ごしたい気もしましたが、医師という仕事は数年ブランクを作ってしまうと知識の遅れを取り戻すのがとても大変なので、完全復帰の日に向けて細々でも仕事を続けておく必要があります。とはいえ、仕方ない選択として大学院生に戻ったお陰で、自分の専門性(角膜や眼の光学特性です)を確立することができました。

Q: :出産後、まわりの協力はどうですか?(仕事&家庭) 
大学院の所属教室の教授はママ大学院生に理解ある方で、早く帰れるようにとカンファレンスの順番は前半に、子供の急病時には早帰りも OK など、いろいろ配慮して下さり助かりました。大学の duty (外来診察など:ちなみに全くの無償労働です!)も減らしてもらっていましたが、同僚は文句言を言うこと無く協力してくれました。パパである主人は(たぶん何処でもそうであるように)「自分の手の空いている時」には手伝ってくれます。しかし、母親業はそういう訳にはいきません。仕事が山積みになっていても子供のことからは逃れられません。やはり、イザというときに何時だって本当に頼りになるのは実の母だと実感する毎日です。

ベビーが産まれて、心理的に(考え方など)変わったことはありますか?
娘達は本当に愛おしい存在です。どんなにしんどくても、可愛い寝顔をみると癒されます!人の子供だって、妙に愛おしく感じてしまう自分はすっかりオバチャンかな〜。子供が生まれてからは、自分の為に生きる時代は終わったなと。次の世代を育てる責任を感じています。

ママになったあと、どのように感性を磨いていますか?維持していますか?
映画を観るのが好きなのですが、さすがに映画館には行けません。 DVD がリリースされたら買って観るというプチ贅沢をしています。映画に表現される自分は持っていなかった感性に気づいたり、同じような感性に共感したり。ちなみに、もう観なくなった DVD は、 book off などで売ると、まずまずのお小遣いになりますよ。子供のいる生活で、失ったものはナイトライフ。子供が少し大きくなったら、ライブハウスでお酒を飲みながら音楽を楽しみたいです( NY が懐かしい!)。

開業されたことで、どのような変化がありましたか?これから仕事をしていく上でどのような生活サイクルを予定していますか?
実母(オバチャン)のバックアップを大前提にして、やっと1日が回っているような生活です。自分が出勤出来ない事態は想定外なので、風邪すらひけないという緊張感を背負う毎日です。今のところ自分自身やオバアチャンが健康を保っていることと、子供が比較的病気をしない子達で助かっています。

子供の預け先は?(サイクル、送り迎え方法など)
送りは2人とも2時に学校が終わる長女のお迎えはオバアチャンが頼りです。6時まで保育のある次女は、オバアチャンと私で連絡を取りながらお迎えに行っています。

今後の期待感や不安、第二子の予定など、なんでもお聞かせください
子供が小学校に上がるようになったら、勉強をみてやる時間、習い事に連れて行く時間をどう捻出するかを考えています。上手な仕事のペースダウンが必要だろうと思っています。

クリママとしての名言をひとこと!
「仕事は大事、だけどやっぱり子供が一番!」
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