Vol.27

Tomoko
Eda Menezes さん

(スクール教育コーディネーター)

1971年兵庫県芦屋市生まれ。
短大の教育課程を卒業後、留学、帰国後幼稚園へ就職 1997年ブラジル人の夫と結婚を機に幼稚園を退職
翌年長男を出産 保育士資格や幼児体育講師資格も取得するべく、大学へ編入学 再びママさん学生に!
2001年8月 長女出産 9月にはGlobal Village International Preschool千里丘校を主人と共に開校。
2003年1月 長男5歳のとき白血病と診断される
2005年9月 Global Village International Preschool千里山田校開校
2006年1月 長男白血病再発 8月妹より骨髄移植
2007年9月 Global Village International Preschool高槻茨木校開校
3月 次男を出産
現在は仕事と3人の子育てにおわれる毎日
Global Village International Preschoolについては【www.global-edu.jp】をご覧下さい。

【ある一日のスケジュール】
6:00 起床 お弁当作りと朝食準備
7:00 主人と長男、長女朝食
8:00 主人と長男、長女送り出す
8:30 次男と一緒に朝食
9:00 仕事開始 
16:00 仕事終了 長男、長女帰宅 宿題
17:00 長男、長女習い事送迎
18:30 夕食準備 子供たちは入浴
19:30 主人帰宅 みんなで夕食
20:30 主人と子供たちは絵本読み 私は後片付け
21:00 子供たち就寝 
22:00 私の一日の楽しみ 紅茶と甘い物と新聞タイム
23:00 明日の準備と入浴
0:00 就寝
 
子供が健康!
これ以上のことはないのです!

<クリママ7月の名言>
わたしと同じく国際結婚をされていますが、出逢いのきっかけは?そして国際結婚の醍醐味とは?!
国際結婚と聞くとまず出会った場所が外国で、とてもロマンチックな想像をされる方が多いと思いますが、フツーに大阪で知り合いました。というか、主人の友達はみんな知っていて話をしたりしていましたが、唯一(1年以上)話したことない人が主人でした。今、考えると変ですね。醍醐味は、文化の違いを肌で実感できること。

現在、プリスクールを経営されていらっしゃいますが、この仕事についた経緯とは?普段のお仕事内容もできるだけ詳しくお願いします。
私も幼稚園で働いていましたし、家族にも教師をしていた者がいました。主人も語学教師、ご両親、お姉さんも先生というように、二人とも先生家族で育ってきたので、教えることはあたりまえでした。そして、私はこれからの日本の子供には英語が必要ではあるが、日本の幼稚園で学ぶことの重要性も忘れてはいけない。でも今の世の中、子供に英語を習得させたいと考えると、完全に欧米スタイルのプリスクールしかなく、でもいろいろ不安が…

主人は来日以来(18年間)さまざまな年齢を対象に英語を教えてきましたが、レッスンだけでは、話せるようにはならない。では、小さい子供の間に英語で生活したらどうだろうと考えるようになり、二人の意見を合わせて、今のスタイル(日本の園のカリキュラムを英語で取り入れた)プリスクールを開園させました。

普段の私の仕事は、もう子供たちに教えることはなく、事務的なことや打ち合わせ、経理処理などが中心です。でも、教育相談や子供の成長のことなど聞かれることは多いです。

3人のお子さんがいらっしゃいますが、第一子、第二子、第三子、それぞれの妊娠・出産のエピソードはありますか?
私は妊娠中食べつわりで、空腹になると気持ちが悪いので、ずっと食べてました。お陰で、長男の時は13`、長女は15`、次男は18`とかなりウェイトオーバーでしたが、何のトラブルもなく元気にマタニティライフを過ごしました。(検診では先生にかなり体重のことを注意されました)
出産時、第一子はやはり時間がかかりましたが、後の二人は短時間の安産でした。

どの子のときも看護婦さんや助産婦さん、他の先生方が主人の生徒さんや知り合いだったので、とてもわきあいあい?のムードでした。しかし、痛みがピークを迎える頃、そんな余裕はなく、主人と他の人が楽しそうに会話しているのを聞きながら「何で私だけ痛いの?」などと思ったものでした。当たり前なのですが… やっぱり、出産時はかなり神経が過敏になるのでしょうね。

産前・産後、まわりの協力を得られましたか?(仕事&家庭)また、仕事はどのような内容でしたか?
私のプロフィールを見ていただくとお分かりになるとは思いますが、妊娠は一生の内に数回しません。それなのに人生で最も忙しい時期が私の場合あたってしまいました。長男出産後は学生、長女のときは学校を開校、次男を妊娠中のときは、長男の骨髄移植時期と重なり、それはそれは、精神的肉体的にもきつかったです。おまけにどんなときでも仕事はいつものようにありました。こんな状態を乗り越えられたのは、まわりにいる人の協力があってこそだと感謝しています。

こどもが産まれて、生活はもちろん、心理的に(考え方など)変わったことはありますか?
変化に気づく暇ないぐらい毎日、忙しいのですが、すべての面において強くなりました。
今は多少のことには動じません。あつかましく大阪のおばちゃんになってきているのか?それとも、良く言えば守るものができて強くなっているのか?ウーン微妙です。

ご長男が闘病されたことがあるそうですが、その頃はどんな生活でしたか?また精神面の変化もおしえてください。
長男は、5歳の時、白血病と診断されました。その日を境に生活は激変します。まずは、入院です。小さい子が入院する場合、もちろんママは24時間付き添いをしなければなりません。病院はプライバシーがなく、しんどいお子さんとママがたくさんいます。そして、検査と治療の毎日。子供が亡くなるのも何回となく見ます。そんな環境に6ヶ月から1年もの間過ごしていると、どんな人でも精神的にも肉体的にもつらくなってきます。まして、兄弟がいると、その子供の面倒はパパかおじいちゃんおばあちゃんになります。うちの下の子は2歳でまだまだママが必要な時期でしたが、私はずっと病院にいたので、夜鳴きがはじまったり、指吸いがひどくなってきたりと小さいからゆえにいろいろな形でさみしいというサインを送ってきます。ママとしてこんなに悲しいことはありません。病気の子のそばにも就いてできる限りのことをしてあげたいし、下の子の気持ちも痛いほどわかるのにどうすることもできないのですから。

また、仕事もあったので、病院にパソコンと携帯をもちこんでいました。ほんと大変です。この時ほど、夫婦は協力しないと乗り切れません。子供の調子が悪いとお互い疲れてくるので、夫婦間もギスギスしがちになります。私たちは逆に結束しましたし、主人の協力や理解、精神力の強さをあらためて再認識しました。

退院後は2年間通院と投薬で治療していきますが、長男はやっと2年経過するその月に再発し、また、入院生活です。今度は骨髄移植を前提に治療が行われます。ハーフの子供は日本人と外国人の血が混ざっているので、ドナーは国内で見つけるのは非常に難しいそうです。長男は幸い妹と全く同じ型でしたので、入院して8ヵ月後、移植をし、その後、退院、今はとても元気に毎日学校へ通っています。

長男の長い闘病生活を経験して学んだことは、「何が一番大切か」ということです。私は偶然にもたくさんの子供とママに接する仕事をしています。その中で感じることは、一番大切なものを忘れているママが非常に多いということ。子供が元気で楽しく毎日幼稚園や学校に行き、お家でごはんを食べて、自分のベッドで寝る。こんなあたりまえのことがどんなに幸せでありがたいことか…

最近、モンスターペアレンツという言葉がマスコミに取り上げられています。子供を取り巻く環境に対して理不尽なことを言う。他人の存在はなく、自分中心である。また、学習についてや競争に対してたいへん執着している。などなどあげるときりがありませんが、みんな自分の子供のことを思うがあまりのことだと思うのですが、考えて見て下さい。何が一番大切かということを。そう考えるとモンスターなんていなくなるはずです。

あともう一点、日本は子供の目線に合わせた病院がないこと。治療に専念するために子供はたくさんの楽しみを我慢させられます。ただでさえ病気になって環境が変わっているのに…病気の子供がHappyに過ごせる場所=パパもママもHappyなのです。自分がこういう状況に置かれて、少しでも今のような病院や医療体制が改善されればと思い‘夢の子供病院を作る’NPO法人チャイルド・ケモ・ハウスの活動に参加させていただいています。(詳しくは、【www.kemohouse.jp】にて)
いつ自分の子供が病気になるかわからないし、他人ごとではないのです!
日本の医療設備に関しては他国に比べすばらしいと思うのですが、特に大切なメンタル面や患者側にたった病院、寄付やボランティアこの部分は遅れているなあと感じています。

同じご病気のお子さんをもつママにメッセージを。
どんなときも ありのままを受け止め そのときに自分ができる範囲で無理をせずにがんばってほしいです。できるなら笑顔で…

ママになったあと、どのように感性を磨いていますか?維持していますか?(最近の楽しみなど、なんでも)
3人も子供がいるとなかなか身動きがとれないのですが、主人と月1回ぐらいデートすることで外見と内面の感性が磨かれてストレスも発散でき、楽しみの一つでもあります。また、夜、子供たちが寝静まってからの、紅茶と甘い物と新聞 これが内面的感性を磨く時間帯です。

ビジネスをしていて、困ったこと、うれしいこと、なんでも教えてください。
このビジネスはとても責任を感じます。大切なお子さんを預かっている以上 毎日大きな事故もなく一日終わるとホッとします。また、たくさんの職員に生活もあります。肩に大きな荷物がいつも乗っている状態で、気が抜けません。主人はもっとだと思いますが…
うれしいことは入園したときはまだまだ小さな子供が卒園するときは立派になって巣立っていく成長を真近に見れることです。

お仕事上、こどもたちとの触れ合いが多いと思いますが、近頃の“こども事情”について感じることはありますか?
やっぱり、困ったことは先ほども述べたモンスターペアレンツが最近特に増えていること。
子供たちはみんな素直で何事にも一生懸命ですばらしい子が多い中、そのまわりにいる大人達や環境が、子供たちを間違った方向へ導いているように思います。
子供ほど将来があり可能性に満ちた存在はないのです。その子供たちをとりまく事情をもっと考えていかないといけないのでは?と考えていますが、このことは先ほどの話とつながりますが、まずは、私達、大人が意識を変えていかないと、子供の事情は変わらないでしょう。

こどもたちのこれからの未来について、どう考えますか?
上記のことプラス、
プリスクールをやっている以上、英語の必要性をかなり感じます。見学に来られる方や入園している保護者の意見を総合すると、近い将来かなりの人が英語を話すだろうと。そして、自分の子供が話せないとなると親の責任を感じるという意見が多いです。

世間では、国語、日本語の重要性を唱える学者さんもいますが、もちろん、それも大切ですが、逆に私は、日本語なので、少し大きくなってからでもできると思うのです。もうすでに話せて聞こえるわけですから。でも、一生の内で一番聴覚や口の筋肉が鋭敏なこの時期にしか、習得できないこともあります。リスニングやスピーキングはそれだと思います。そして、コミュニケーションの手段として身についた英語を武器にさまざまな場所やジャンルで活躍してほしいですね。

家族の将来について、教育に関する計画など、なんでもお聞かせください
うーん。将来は未定ですが、老後はのんびり外国で暮らたいです。自分の子供に対する教育は、とにかく元気で楽しく毎日学校へ行ってくれればそれで満足です。あとは、好きなことを見つけて一生懸命がんばってほしいです。ちなみに、長男はサッカー 二番目は歌・ダンス、3番目はいたずらに打ち込んでいます。

クリママとしての名言をひとこと!
子供が健康!これ以上のことはないのです!
第1回
Chimaさん (フォトグラファー)
第2回
eikoさん (ヘアメイク)
第3回
Yoko Moriさん (Marketing Planner,Copywriter)
第4回
大野教代さん (心理カウンセラー)
第5回
朝水彼方さん (作詞家・poet)
第6回
堀井睦さん (Otolaryngology Dr 耳鼻咽喉科医師)
第7回
NAMI TAKADAさん (Painter)
第8回
Mari Uedaさん (シンガーソングライター・作曲家 (Tokyo))
第9回
Masakoさん (ファッションデザイナー)
第10回
YURIさん (看護婦)
第11回
Satomi Takahashiさん (デザイン事務所マネージャー)
第12回
"りんどう"二山千賀子さん (internet shop owner)
第13回
奥村明日香さん (某粧品会社ビューティーアドバイザー)
第14回
Junさん (マーケティングリサーチ&アドバイザー)
第15回
YUKIさん (小児科医)
第16回
MAYUさん (ヘアメイク)
第17回
ayaさん (グラフィックデザイナーetc...)
第18回
アスミクミコさん (ファッションA、絵本作家修行中)
第19回
Tomoko さん(ペイントアーティスト)
第20回
ゆっこママさん (ピアニスト)
第21回
田中浩子さん (取締役営業部長)
第22回
CHIEさん (インテリアグッズ事務所代表)
第23回
さおさんさん (非常勤講師)
第24回
西田智美さん(Photographer)
第25回
いしだかおりさん(コピーライター)
第26回
二宮さゆりさん(Ophthalmologist眼科医)
第27回
拳子takakoさん(ファッションデザイナー)
第28回
yoshie さん(アーティスト)
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