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Pearl
決断の悲しみ 1
ただただ幸せを感じるだけの生き方はこの世の中には何故存在しないのでしょうか。人としてここに存在する意味は一体なんなのでしょうか・・・
喜びだけの時間はそう長くは続かず約2日間程度(?)だったと思います。”現実”というのは時に本当に残酷にやってきます。あの喜びってあたしだけの自己満足?のためだけにに与えられた時間で、幸せで、喜びだったのかなぁ。浮かれてしまうほどの幸せな合間にひょっこり顔を出してしまったひとつの大きな疑問と追い込まれる大きな恐怖。これは誰に理解されるような想いではないでしょう、きっと。
“これでいいのかなぁ...本当にこれで...”そこに浮かぶ次の言葉”世間体”→果たしてこの言葉が誰の為になるのかあたしには全くわからない、理解ができない。どんなにこの存在をあたしが嫌いで信じないとしても現実、日本というこの国のシステムはこれが支配をしてしまっているから。
もしも、あたしがこの小さな命を預かったら、どんな仕打ちも頑張ってやっていくよ、どんなにいろんなことを外から聞いても耐えていけるよ。でもまだこの世に生きていない子供がもしこの世に生を受け、そして成長するにつれて外からの言葉や行動にどれだけ心を動かされ、どれだけ心を折られてしまうかと思うと”今の自分の決断”に心が揺れてくることは隠すことがとてもできなかったことは本当。大人といわれる生き物にとっても辛くないわけではないし、悲しくないわけではなくて、耐えようとできるだけのこと。
その上そのほかに生きていく方法も考えないといけない。まだまだ発展途上国だからこの辺にかんしては。そしてあたしは本当に情けない状況だし・・・
どんな人間もいろんな道を通っていろんな思いをして生きていくでしょうと、ただ言う人もいるでしょう。でもそれだけではないことに、あたしは気が付いてしまっていたのです。この時のあたしは、小さな命の温かさへの強い想いとその内側にゆっくりゆっくり襲ってくるとてつもない孤独感と寂しさを感じ始めていました。
あたしには隣に居るはずの人もいなければ、両親もいない、存在しないわけではなくてただ居ない→ということです。
厳格でとても保守的な家庭で育ち、箱入りむすめのあたしにとってこの事実を両親にいえる状況は全くなく、たとえ正直にはなしたところで・・・すべてはわかっていたから。ほとんどの人が”理想と違っても現実がわかれば大丈夫だよ、親だもん”と言っていました、そして言うでしょう。人はそれぞれです。そんなには甘くはないから。話すことは絶対にできない、できない、できない。
とても悲しい、悲しい気持ちでした。この命は喜ばれるべき事実である、それだけ。・・・なのに涙に変わってしまうなんて、これが本当に辛かった。そのころからあたしは両親との縁を遠ざけていきました。とても、遠くに、ずっと遠くに。
変わらずあたしのつわりは24時間体制。1秒たりとも休憩をくれないし、この頭の状態もあり、すべてがどん底へ沈んでいくようでした。そんな中、少しだけ頭を横切ってしまう1つの方法・・・すべてがこれだけマイナスに思える状況、どんなにプラスになることを考えても情けない自分の生活を考えるとマイナスになるしかなにもない状態。さよならの方法。この瞬間この子への強い想いと願いを感じてぽろぽろ、ぽろぽろ、止まらなくなったのに。改めて感じる自分の道しるべとは全く反対方向へ一歩一歩進んでいっているあたしの行動は、もう少しでさよならの方法と握手をしてしまいそうなところまで日に日に進んでいってしまいました。
あたしとこの子の間にある絆が見えなくなってきてしまったそんな時間がどれだけ続いたでしょう。どれだけ・・・ |