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「LIFE IS SALAD」 chapter3
彼らの将来がみえる。
カリフォルニアの私立中学・高校を出て
ボストンあたりの大学へ送られ、末はプログラマーかなにかになるんだろう。
でも決してコンサルタントとか弁護士とかそういう、
人が相手の商売ではないはずだ。
うちにこもっていてもできる仕事、しかしその技術は研ぎ澄まされているだろう。
クオリティに満ちているはずだ。
それはadopted childとしてのコンプレックスからくるものであり
さらにアメリカのimmigrants(移民)としてのもどかしさ。
中学3年生ぐらいで一度反乱を起こす。
「僕、タイへ戻りたいんだ」
「何を言ってるの、誰がここまで育てたっていうの」
美しい、そして知的な育ての母親が言う。
しかし母国へ戻って何をするというのだ。トゥクトゥクの運転手か。ホテルのドアマンか。
果ては、このようなリゾートホテルの草刈り担当か。
欧米からきた客に「何故留守している間に入り込んだんだ?」
なんて野次を飛ばされる役しか回ってこない。
アメリカを棄てて帰国した未成年なんて、結局はいい想いをしない。
ならば、やはりこの、取って付けたような、突如あらわれた両親とやらに
従って、いい子として成長し、いい教育を受けて、アメリカ人として
やっていったほうが賢いにちがいない。
そのようなしたたかさが、早くもこの小さな子たちの瞳のなかに宿っている。
ブッフェの朝食にもかかわらず、普通の子供なら立ち上がって
お皿に食べきれないくらいの料理を盛るはずなのに、
謙虚なこの子たちはいつまでもじっと椅子に座ったままだった。
to be continue...
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