Yoshie
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September 11

朝、夫を仕事に送る車内、9か月の娘は後部座席でカーシートに埋まって眠って
いる。息子は朝、元気に鼻歌を歌いながら登校して行った。出張が多い夫だが、今
日は珍しくオフィス勤務。短い時間、夫と二人子供の話や、今晩の夕飯の話など
話題が尽きぬ。厳しい残暑も去った秋を感じる心地よい風、澄み渡る青空。こん
な一日を例えるのならきっと「何げない普段の一日」とでも呼ぶのだろう。こん
な何気ない積み重ねの長い記憶の毎日の中で省略してしまうような、ありきたり
な一日。そんな一日に、深く幸せを感じる。心のひだ一枚一枚に幸せが浸透して
いく、静かで落ち着いた幸せな日。穏和で静かな秋の始まり。
この空を見上げ、6年前を思い出す。2001年9月11日。あの日私はアメリ
カワシントンDCに住んでいた。9か月になる息子を身ごもり、夫は仕事で上海
に出張中だった。その日、私は仕事もなく、後で追撃されたペンタゴンからの患
者を受け入れたために妊娠定期健診はキャンセルとなった病院への診察だけが予
定されていた、のんびりとした一日となるはずだった。カーテンを開けたときの
青空が眩しくて、お腹をさすりながら産まれてくる命に、踊る心を旋律した気持
ちよい一日の始まりだった。コーヒーを沸かし、テレビをつけた途端、一瞬何が
起こっているのか把握できなかった。どのチャンネルも同じ映画を映しているの
だろうか?5キロほどしか離れていないペンタゴンが追撃されたとき、やっとわ
が身に何か起こるかもしれないという恐怖心に絡まれた。もう一機のハイジャッ
ク機が自宅から目と鼻の先にある、ホワイトハウスを狙っているという噂が流れ
たころ、母親となる私の肝が据わった。自分の身を守ることはお腹の子供を守る
こと。何があってもこの子を守らなければと言い聞かせた。その日、DCの街中
は静まり返り、人々は悲しみにふける大惨事となった。人々にとって今日のよう
な何気ない一日になるはずの朝だった。そんな何気ない一日を突然何者かが奪っ
たのだ。予期せぬ普段の幸せな日を突然、地獄に突き落としたのだ。卑怯だと思
う。許されないことだと思う。飾り気のなり人々の普段の生活を、人の手に
よって、奪い汚されてはいけないはずだ。
今、息子はもうすぐ6歳になる。息子の成長の喜びと同時に、多発テロの悲劇記
憶の中で蘇ってくる。今年は遠い日本から、あの日と同じ、澄み渡る青空を見上
げながら追悼する。

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